【重度妊娠悪阻+重度うつ病】生きる保育器だと思って耐えた時間(1)
はじめに
0歳の娘ちゃんと暮らしている私、この子を生むまで結構大変でした。
妊娠・出産はみんな大変なもの、女性は命懸け。
そうなんです、本当にそうなんです。
みんな大変で楽な人なんていないというのを、大前提として大きく入り口にどーんと構えた上で。
足が早い遅い、勉強が得意苦手、甘い物が好き嫌いその他諸々エトセトラ、全てのことには個人差がある世の中で、妊娠・出産も当然個人差がある。
妊娠中に私の周りにいた心ある男性方は、自分に出産経験がない分、その大前提をよくよく噛み締めて「きっとさぞ大変なんだろう」と気遣ってくれていたように思う。
意外としんどさが伝わらないのが、出産経験があり、それが比較的「軽かった」女性。
「私はつわりでも根性で働いていた。(=出来ないのは根性がない)」
「おなかに赤ちゃんがいて幸せに思えないなんて有り得ない(=辛いと思うのは母親としてちょっと…)」
こういう言葉を息をするように紡がれると、当時の私はつらかった。
今、妊娠中で大変な妊婦さん。
前述の通り、本当に個人差があるから!
あなたの体で妊娠するつらさは、あなたしか評価できない。
先輩ママさん達が何と言おうと、当たり前だけど、みんな自分の体でしか妊娠したことがないんです。
私がこれから書くことも、私の体での経験にしか過ぎないけれど、当時の私は似たような妊娠経過を辿ったブログやTwitterが一つの支えになっていたから。
つらいけど何とか今日一日をおなかの赤ちゃんと生き抜こうとしている妊婦さんに届けば良いなあと思って、思い返しながら書いてみることにしました。
赤ちゃんが欲しい
結婚してから数年間、夫氏と二人で暮らしていた。
子どもはいつか欲しいと思っていたけど、今じゃないと思っていた私。
仕事と、それから自分と夫氏にとって楽しいことで毎日を埋めつくしていた。
だって、妊娠するって怖いじゃない。
出産するって痛そうじゃない。
今やっている仕事は?
人の親になるって、どんな感じ?
そんな風に思っていたから。
でもついに来た、運命の日。
ある日、久し振りに大学時代の友人から連絡をもらって、一緒にランチをすることにした。
数ヶ月前に初めての出産を終えた彼女は、小さな赤ちゃんを連れて現れた。
話自体は、何を話したか今となってはよく覚えてない。
彼女がお手洗に立ったほんの数分間、赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
なんて小さい!
柔らかい、頼りない、儚い、温かい、甘い匂い………
ゆっくりと瞬きする綺麗な瞳にかげる睫毛、腕に感じる心地好い重さと温かさ、何だかそういうもので胸がいっぱいになってしまって、堪らなくなって。
友人と「またね」を交わす頃には、もう思っていた。
私、赤ちゃんが欲しい!